自己のジェンダー論を再考する

 私が学生だった頃には分かり易い保守派との対立みたいな分脈からのジェンダーフリーへのバッシングがあったのだと思う。授業で『バックラッシュ!』(双風舎)という本が課題になったのをよく覚えている。周りの友人でも(今思えばそいつはかなりネトウヨだった)たしか「小学校などのトイレも全部男女共用にするのはバカげてると思うだろ?」とそんな事を言っていたのもいた。そんな議論は現在だって存在していないと思っているが、そういったバックラッシュが「トランス」をめぐる議論に影響を与えていて、今なお形を変えて存在しているのかな思うと少し不気味なくらいだ。何かで読んだが、例えば過去に男女共同参画推進条例への反対運動を積極的に行っていたのもやはり保守派の団体だったようだ。

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 私自身は学生時代に上野千鶴子フェミニストの草分けと評していた金井淑子氏の講義、「ジェンダー論入門」に感化されたこともあり、ジェンダー論者だ。個人のアイデンティティの最も原始的な部分に女性、男性というのがあると考えている。逆に言えば、この基盤と全く無縁なアイデンティティはないだろうと考えてますアイデンティティに表層部分と深層部分があるとしよう。そう仮定したとき、例えば男性というジェンダーアイデンティティは「日本人である」という国民性に先立って個人のアイデンティティの根幹をなしていると考える。そしてそのことは非常に重要だ。

 

 現在のSNS上で見かける議論、政治的なものを含めても様々なものがある。そして、フェミニズムに関して言えば「フェミニズム内部での捻じれ」のような構造をもった議論とも呼べないような、しかし当事者の思いが直接ぶつかり合うような決して無視できないような対立を見かける。例えばセックスワーカー論などもそうだろう。「性産業」をマクロの視点から男性による女性の身体の搾取と批判することは一見非常にフェミニズム的な思考だと思う。しかし現在ではセックスワーカー当事者の方から「自分たちは主体的にこの仕事を選択している。そしてこれは自己決定の実践である。だからこそセックスワーカーに対する差別に断固反対する」という声が上がる。この批判は当然ながらフェミニストに直撃する。上野千鶴子の性産業に従事することを「精神と肉体をドブに捨てる行為」と表現したことでSNS上で炎上したことは記憶に新しい。

 「トランス」を巡る議論にもフェミニズム内部の捻じれが見られると感じる。あるいはフェミニズムジェンダー論の性質がそのまま対立に繋がっているといってもいい。フェミニズムでは、女性が男性と対等の権利を得るためにどうしても主張をする「女性」という立場が非常に重要になるし、それは不可決だ。しかし一方でジェンダー論は「多様な性」の在り方を希求する研究の性質上、「女性らしさ」などの呪縛からの解放などがベクトルとして存在する。つまり女性という枠組みを境界から取り壊すようなイメージで捉えている人がいても不思議ではない。小倉千加子なども「ジェンダー論とは違い、フェミニズムについて講義する時は「~べき」という論調で話してしまう」というようなことを書かれていた。ちなみに、もともとジェンダースタディフェミニズムの潮流から生まれたそうだ。

<参考リンク>

議員発言からみる激化するトランス差別と持続するバックラッシュ - by 近藤銀河 - 近藤銀河のネット


 この手の構造の問題は厄介だ。SNS上では他にもフラワーデモと対立するように「ファイヤーデモ」が起こったことなども思い出される。フラワーデモは「被害の大小」を問わないし、「被害者のジェンダー」も問わない。しかし、デモに参加する女性が抱える男性参加者への不安からこのファイヤーデモは「女性のみの連帯」を訴えて発足した。私はフラワーデモの活動を応援するし、その方針にも賛同する。しかし一方で、ファイヤーデモを訴えた人たちの気持ちも分かるつもりだ。ただ私が危惧するのは、そういったフェミニズム内部で対立が起きるときに、果たして議論すべき焦点がきちんと定まっているのだろうかということだ。

 私は男性であるが、「フェミニズムの戦う相手は家父長制であり、男性そのものだ」と考えている。だから、私は男もフェミニストであるべきという考え方には部分的に賛同しない(自身をフェミニストとは名乗らない)。だからこそ、女性や性的マイノリティの当事者同士が言い争いをしているような状況を見ると非常に心苦しくなる。そしてそこには常に「自分は当事者ではないから所詮、議論対象でしかない」という壁があることも感じていて、だからこそ声を上げることを躊躇ってしまう。少しでも、言い争いから生産性のある議論に発展したらいいなという思いから、個人の視点ではあるが問題を整理する論考を記しておきたかった。捻じれた議論というのは、当然最初から議論がかみ合っていないことを指す。

 ジェンダーバックラッシュが連綿と続いていると結論付けるには、議論に参加する層が多様であり、問題を一元的に見ることができない状況だ。それはしかし、これまでのフェミニズムがそうであったように、こういった議論も含めて前に進んでいくしかないのだろう。女性ではない自分に何ができるのか分からないが、それでも当事者の意見に耳を傾け、これからはどういった議論をすべきなのかについて考えていけたらと思う。

伊藤詩織さんの控訴審裁判傍聴記

 2021年、9月21日。本日私は伊藤詩織さん(被控訴人)と山口敬之氏(控訴人)の控訴審を傍聴するために東京裁判所へ足を運びました。私は午前10時過ぎに東京裁判所に到着し、傍聴券の抽選の列に並んだ。そこでは顔を見知っている有名なジャーナリストの顔もあればツイッター上で知り合ったユーザーさんの顔もあった。私に声をかけてくれた人は残念ながら外れていたが、私は偶然にも傍聴券が当たり傍聴を許された。本日11時から予定されていたのは伊藤氏と山口氏による意見陳述で、この両者の陳述内容を書面に添付することを判事は両人に確認し、意見陳述後に裁判はそのまま結審となった。判決の言い渡しは来年2022年、1月25日。
 私は音声記録なども行っていないので、今日傍聴した本控訴審の内容を忘れないように記録したい。記載内容については誤りがないように努めるが、記憶に頼る部分もあるのであくまでも裁判の様子がどのようなものであったかが伝わるように記したいと思う。また裁判の手続き上の話については当然法律の専門家ほど詳しくはないので、私がはっきりしない表現を用いている箇所などは、興味があればぜひ各々調べていただけたら助かります。

 裁判上の手続きとしては、山口氏側からはいくつかの資料の提出があったようである。判事が確認を行っていた。一方で、伊藤氏側からも(聞き間違いがなければ)補充意見書の提出があったようでこれも確認が行われた。ここで確認と表現しているのは判事が両人に「〇〇を提出されるということでよいでしょうか?」というだけの確認で、中身の確認のことではない。また「個別の公表」を一覧表にしました、と言う判事。この内容に異論がないことも両人に確認していた。これはおそらく伊藤詩織氏の著書『Black Box』において、山口敬之氏の実名表記の箇所や、彼が行った行為についての個別の記載をまとめた一覧表のことだろうと思われる。この記載箇所が名誉棄損又はプライバシー権利の侵害に当たるかどうかも本控訴審の重大な争点であるため、この箇所を確認することは審理の核心の部分ともいえる。

 裁判の手続き上の話はこれくらいしかなかった。口頭弁論が始まる前にメディアが入っておそらく伊藤詩織さん側を撮影したのだと思われるが、このとき私は緊張していたこともあってトイレにいたので、どのように法廷の様子が撮影されたのかは知らない。控訴審では、あとは専ら弁論に時間が割かれ、意見陳述にかけた時間は伊藤氏のそれよりも山口氏の方が長かった。山口氏の意見陳述ははっきり申し上げて無駄に長かった。ここからはその意見陳述の内容とその時の二人の様子を記述していきたい。


 意見陳述は伊藤詩織氏、山口氏の順番で行われた。伊藤氏は自分の席で起立をして意見陳述を始めた。その内容はおよそ、自分がこの長い戦いのために20代の貴重な時間、6年という歳月を失ったこと、また山口氏から裁判手続き上の資料や書面の提出がある度にその内容が自分にとって加害のように感じられたことなどが語られた。また、伊藤詩織さんに対して、侮辱的な書き方を行い戒告処分を受けた北口弁護士にも言及があった。そこではやはり自分のことが「うそつき」呼ばわりされていたと。

 他にも当時住んでいたマンションも私の収入では支払えないようなものであるから、オーナーと私が親しい関係であったなどとの主張がなされたが、実際にはマンションを改装してシェアハウスとして利用されていた所に住んでいたのであって、私には支払いができる物件であったこと。被害者のステレオタイプから遠く、真の被害者ではないなどと言われ、そして被害者はそのように笑わないなどとも言われ、二次加害を受けたこと。シャワーを浴びずに退室したことにおいても、相手の男性が先に利用してたシャワーの利用を女性が躊躇うのは感覚的にそれほどおかしいことではないなどの反論があったこと。退室後の髪型が簡単に作れるものではないから、同意がなかったことの証明にはならないなどの主張もあったことなど。それらの新たな主張書面が提出される度に私にはそれらが二次加害を受けているように感じられた。(他にも述べられていた内容はあったが、私が自分でとったメモとその記憶から掘り起こせた意見陳述の内容は大体以上になります。意見陳述についてはまた他の媒体から全文が公表されるのではないかと思うので、公表された時点で加筆・修正を行い全文のリンク(※)をここにも貼りたいと思う。2021/09/21)

 以上のような内容を伊藤氏は述べられた。陳述の冒頭部では声を詰まらせ泣いていることが窺える場面もあった。意見陳述がどのようにまとめられたのか、ちょっとすでに本日のできごとでありながら記憶がおぼろげとなってきているが、伊藤詩織さんが最後に「このように丁寧に審理していただき、本当にありがとうございます」と判事らに深々と頭を下げていたのはとても印象的だった。

 

 伊藤氏の意見陳述に続いて、山口氏も自分の意見を述べた。公平性を期すためにはここも詳述しなければならないのだが、今日は朝も早く今はもう午後の22時で私も疲れてきたのでここらで記事のまとめにしようと思います。山口氏の意見陳述は確かに伊藤氏のものより長かった。それは居酒屋のトイレタンクが無かった事から始まって、膝の脱臼の話に至るまでおおよそ伊藤さんは嘘をついているという事だけを吐き捨てた内容だったと思う。裁判の過程で大事なのはその主張内容をきちんと立証することであるはずなのに、彼の意見陳述は個人的な決めつけでしかなく、さらには相手を罵倒しているとも取れるような内容であると感じた。また私などは性暴力の被害者を「うそつき呼ばわり」することは典型的なセカンドレイプであると認識しているし、社会でもそういった特に女性に対して多い二次加害への理解が広まることを期待している。そして、そのように考えるからこそ意見陳述を振り返って以下のように思う。山口氏は、新たに新書面が提出される度にそれが自分にとっての加害であるように感じたと意見を述べた伊藤氏に対して、更に過剰に二次加害を加えたのだと。

 

 あまり、伊藤氏に寄りすぎても信憑性の低い記事になってしまうだろうか。私はそうは思わない。裁判をやりますということに控訴人、被控訴人お互いに合意がある(つまり和解による解決はしないという意思がある)以上、これは必要な経費を投じ十分な準備期間に最善を尽くして勝訴を勝ちとるための戦いと考えることができる。もちろん手札には強いカード(証拠など)も欲しい。裁判がある種のそういったゲームであると捉えた時に、山口氏の言動は果たして裁判で有利に働くだろうか? 彼は、伊藤氏に対して他にも「居酒屋で裸足で歩き回っていた」、「あなたは悪酔いしただけのただの酔っ払いだった」のような発言も行っていた。だから、これらの話が一体何だというのだろう。これはだから同意がありましたよ、と証明に繋がるような話を一切しておらず、むしろ相手を罵っているようにも感じられる。勿論山口氏は、伊藤氏の記憶のない部分の話を自分は覚えているとアピールすることで、裁判官に自分の発言の信憑性の高さを訴えているのだろう。

 意見陳述で山口氏が強調していたワードが二つある。それは「なぜ!~?」と「ありもしない~」だった。彼はこの二つの表現を大きな声で強調しながら、伊藤氏に対するうそつき呼ばわりをさらに続け、だから結果として「自分は社会的に殺された」と述べた。つまり、自分こそが被害者なのだと。しかし、裁判を傍聴していた私は個人的に思った。行為がお互いにあった事を認めた上で、女性が性暴力の被害を訴えている裁判において「相手をうそつき呼ばわりすることしかできない」被告というのが勝てるわけないだろうと。少なくとも「合意があったのだろう」と第三者が受け取れるような客観的証拠、または証言などの提出ができないのでは裁判を勝つのは相当厳しいと個人的には思う。

 証言というのはたとえば、あの夜女性はこういう発言をしていたなどの自分の記憶を自白するのでも良いと思う。その言動を受けて私は同意があるのだと認識したなど主張すればよい。しかし、山口氏が一審で証言したのは伊藤氏の「どうして私はここにいるのですか?」という発言だった。これを自白しておいて、控訴審で新しい証拠も特に提出できず、最後の口頭弁論においても相手をうそつき呼ばわりすることしかできないのであれば、その一連の流れや山口氏の今回の言動は原審を引き継いで審理を行っている裁判官にとって果たしてのように映ったのだろうかということだ。そこも非常に重要だと思う。もちろん彼の主張の変遷などによる発言の信憑性の低さなどもあるが。

 山口氏は他にも意見陳述で「自分はドキュメンタリー制作で監督を任されたのは17年目だった」というようなことも言っていた。だから伊藤氏の注目され方などが売名行為的であるという事を言いたいような発言だった。これもはっきり言って同意の証明とは無縁で、むしろ山口氏にあまり才能がなかったのではという感想すら抱かせる。山口氏の嘘つき呼ばわりラッシュのメモをとっていた私の手は、ある時点で止まった。それまで最後尾の私の傍聴席からは見えなかった伊藤詩織さんの顔が初めて見えたからだ。

 伊藤氏の視線は相手の鋭い眼光を見据えるものであった。山口氏もまた姿勢を屈めて体を伊藤氏の方へ向けている。彼の様子はその語気の強さからも、彼女を睨みつけているのだろうと私に想像させる。しかし、視線までは後ろ姿からはっきり確認できない。伊藤氏もまたはっきりと身を乗り出しているのが見える。彼女の頬が赤くなっているのもマスクの上からでも見て取れる。この6年を超える長い年月の苦しい闘いをしてきた相手は最終盤においてもなお「お前はうそつきだ」の一言を繰り返すような反撃しかしてこないのだから、その悔しさなどは私が想像できるようなものでは到底ないだろう。私の胸が潰れそうになったのは、意見陳述の冒頭部で伊藤詩織さんが声を詰まらせながらも陳述書を読み上げようとしている場面と、この両者の視線がお互いを捉えて決して離さない場面だった。ただし、である。伊藤詩織さんの方が山口氏の方を強く睨み返していたとは私には結論付けられない。そこには本当に複雑で、辛い、悔しいなどの色々な感情があると思うからだ。この時の様子は、法廷画家によって裁判の様子を絵で伝えるための象徴的な場面として選ばれたようだった。さきほどネットニュースの報道で確認した。


 最後に、伊藤詩織さんが述べた言葉を、その結びの部分をそのまま引用したい。

「事件直後、被害届を出そうとした私に対し、捜査員が「君の人生が水の泡になるからやめなさい」と言いました。どんな事件でも「被害者に沈黙させる方が、被害者のために良いのだ」とされる社会の仕組みの下では、これからも誰かを長期間苦しめてしまうでしょう。被害者が司法できちんと守られること、そしてこれ以上「真の被害者」という勝手なステレオタイプによって、誰かが貶められるような出来事が起きないよう願ってます」 (※)

 第一回目の口頭弁論における意見陳述をもって本件は結審した。控訴審の判決が言い渡されるのは令和4年、1月25日。伊藤氏は一審からの主張に変更も変遷も一切なく、その内容は一貫している。さて、一審から控訴審に至るまでの本件において、嘘をついているのはあなたは誰だと思いますか?

 

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※【追記】2021/09/23

 佐藤慧氏による伊藤詩織氏の意見陳述の全文がアップされていましたので、そのリンクをここに張らせていただきます。私が記憶を頼りに書いた伊藤氏の意見陳述の概要は、実際の陳述内容とは異なる部分があるものの、ニュアンスが大きく違うということはないと思いましたので、上記の私の記事は内容をそのままに留めようと思います。ただ是非、伊藤詩織氏の言葉によるその強い想い、願いをこちらから確認していただけたらと思います。

d4p.world

 

敵はコロナにあらず

 僕は、感染したら死ぬ可能性がある、と考えながら利用者さんのサービスに行っています。利用者さんが、日々の生活で困らないのであれば正直明日からでも自宅に引きこもりたい。事業所の都合が最優先、そう利用者さんや親御さんにも通知していますが、サービスの依頼は逆に増えています。他の事業所が来られなくなった、通所を休ませるなどなど。

 時々自分の周りの人間が大切な人を失って悲しんでいる姿を想像して、胸が苦しくなります。だから、補償をしぶる政府には怒りしかありません。

Corona or die? said JP government.

働きに出ればコロナに罹る、しかし働かなければ生活できなくなってしまう。いや、それどっちも死ぬやんけっていう状況です。

 まともな人間ほど、不安な状況下で一筋の光が差し込むと、それに飛びついてしまう事はある思います。緊急事態条項は本当に危険です。内閣が、国会をすっ飛ばして法律作れる、という条文があるからです。公文書もまともに管理できない連中なのに。これ以上、安倍政権に好き放題をさせてはいけない。
 あいつらは国民の命など、これっぽっちも気にしていない。赤木さんの自殺の件でも再調査をしないという結論を出しています。野党も赤木夫人もたかるハエくらいにしか思っていないから。一人一人の命の尊さを考えられるリーダーであれば、この非常事態に星野源とのコラボ動画など公開できるはずがない。国民が毎日どんな気持ちで過ごしているか、それを想像する力が安倍晋三には決定的に欠落している。国の首相としての資質、国会議員としての資格、彼はそのどちらも有していない。一刻も早く安倍政権という名の悪夢が終息することを祈ってやみません。

感染者ゼロ運動

 2020/04/07

                感染者ゼロ運動

 現在、弊社においてもコロナウィルス感染者・死者増加の重大性を受け止め、弊社独自の緊急事態宣言に代えて「感染者ゼロ運動」を実施したいと思います。この運動を展開するに当たって、以下のことを大前提とさせていただきます。

① 管理者・小谷や他のヘルパーは濃厚接触である。
② 現場に入るヘルパーは「ご利用者にうつさない、ご利用者からうつされない
③ 優先順位を重度訪問介護>居宅介護>移動支援の順につける

以上を踏まえて、今後の感染者ゼロ運動を具体的にどのように行っていくかを考えます。

 まず①を前提にした根拠ですが、そもそも私は管理者としておよそこの1年間半、一日も休日を過ごしたことがありません。そして、毎日サービスを行うために電車に乗っております。これは、いつか自分がコロナの蔓延している車両に乗り込む可能性があるという事です。他のヘルパーであっても同様です。その意味において「私は絶対に感染しない」ということを約束することが極めて難しいのです。ですから、弊社のヘルパーは日常的に「自分が濃厚接触者である」ことを前提とし、利用者に感染させないための努力を怠ることなく、サービスを行うように心がけています。
 二つ目の前提も同じ理由です。感染者ゼロ運動と大げさに言っても個人でできることは、手洗いやうがいの励行、サービス時のマスク着用や人に近づくこと避けるなど一見地味なことです。しかし、弊社ではヘルパーにこうした個人でできる感染症対策を徹底的に行うよう指導をしております。

 また、自覚症状の出た者につきましては、その時点で自己申告をしてもらい、自宅療養を行ってもらうという方針を採用しております。前回もお伝えしたように、もしもコロナウィルス感染の自覚症状のある者が出た場合には、代表の私も含めて、サービスを予定していたとしても、こちらからキャンセルさせていただきます。この点、充分にご理解いただければと思います。また、どうしてもサービスに来てもらえないと生活が立ち行かないという方につきましては、引き続きサービス時間を制限したり、他のヘルパーに代わってもらったり、など柔軟に対応させていただきますので、ご相談させて下さい。現在最も重要なことは「死者を出さないこと」です。そして死者を出さないために必要な事は「感染者を増やさないこと」です。この事を従業員にも、ご利用者のご家庭でも充分に理解していただいた上で、今後も良好な関係性を維持し、継続的な支援を行っていけたらと思います。

 説明が長くなりましたが、感染者ゼロ運動の一環として、キャリーラブ・ホームヘルパーズではすでに、ご利用者の理解と同意を得た上で、「平常であれば毎週のサービスを隔週にしてもらう」や、「新しいヘルパーが登録してもらった場合には、同行研修に積極的に応じてもらう」などの対応を取ってもらっています。一人のヘルパーが行うサービス量が減れば、そのヘルパーは感染のリスクが減らせます。加えて、複数のヘルパーが入れる支援体制が整っていれば、仮に一人体調不良の者が出ても、他のヘルパーが入れなくなった分のサービスをカバーすることができます。

 一部の現場では「どうしても小谷さんがいい」との声があります。これはヘルパー冥利ですが、現在の状況においてその希望の全てに応じることは最善の策ではありません。むしろ、私個人が疲弊し、免疫力が低下し、その際コロナウィルス感染症を「発症してしまう」、これは最悪の事態です。このコロナウィルスという、すでに日本でも自由に徘徊している非常に無慈悲な殺人鬼ですが、海外では10代の若者をも殺しています。ですので、万が一わたしが感染した場合、私が死なずに無事回復するという保証はどこにもありません。また無症状者よりも、有症状者の方が5~6倍の感染力を発揮するとの報告も読みました。ですので、わたしを初め他のヘルパーであっても誰一人として感染させるわけにはいきません。

 以上を踏まえて、感染者ゼロ運動では
減らしても差し支えないサービスについては、了解・同意を得た上で減らす
リスク分散のため、無理のない範囲で新人の同行研修を行う
(※新人の同行研修自体にリスクがあると考える場合には他の方法を検討する)

を基本方針としたいと考えます。また私自身も、スケジュールが緩やかになれば、現場への移動は電車ではなく自転車で行ければと考えています。また個人的な見解として、4月いっぱいは感染者数・死者数もともに増加の一途を辿ると考えています。なぜならば、ついこの間までオリンピック祭りのことで頭いっぱいだった政府と東京都は、まるで対応が後手後手だからです。現にいま、小さな医療クリニックでも「症状のある者の受診の拒否」が始まっており、これは医療崩壊の始まりです。さらに重要な点としては「肺炎で亡くなった方へのCT検査やPCR検査をほとんど行っていない」という事実が明らかになったことから、毎日報道されている死者数がすでに補正がかかった数であり、実際のコロナによる死者数とは異なっている可能性が高い事が判明しています。
 加えて、最近ではニューヨークでの事態の悪化が明らかになったこともあり、わたしはこの感染症が悪魔的な恐さをそなえたものだと認識するようになりました。わたしがもしも感染した時に、症状を改善させる薬があるか、受診はできるか、あるいは治療は行ってもらえるか。そういった一連の保証が、いまの東京には一切ありません。正確な情報もなければ充分な医療体制もないのです。

 わたしは、高齢者施設でノロウィルスが発生し、ベテランのヘルパーが感染拡大を止められないどころか、本人も罹ってしまい仕事を休む(死者はいなかった)という現場を経験しています。その経験から言っても、今回の事態は「武漢が封鎖」されたときから大変な事だったのです。政府がお祭り気分だったものを急に切り替えられないのですから、国民の意識が追い付かないのは無理もありません。ですが、弊社としては「死者を増やさない」ために「感染者ゼロ運動」を打ち出そうと考えました。海外で起きている医療現場における「命の選別」、これを私は日本で見たくありません。
 感染者ゼロ運動が、日本の医療崩壊を止めることに少しでも役立ち、助かるべき命がきちんと救われればと思います。そのため、スタッフ一同、日頃から行える最大限の努力をしてまいります。

キャリーラブ・ホームヘルパーズ  管理者 小谷周平
〒160-0023  新宿区西新宿8-4-14 MI西新宿303
https://carry-love.com

ライブどうしよう

 6月にライブを予定してまして、自分の事業だけでもあーどないしょ、とか思ってるんですが、ライブは予定通りやりたい気持ちです。集客は積極的にはやらず、ツイッターとFBでライブ中継しよかなとか考えてます。ライブを見に来たい人には少し条件をつけるつもりで、まぁだったらキャス前提でやりゃええんだが、とか思ったり。時期と状況に合わせたイベントにしたいです。ツイッターで見かけたレイヴ?動画、三人完全防護服で、1人がDJやっててかっこよかったな。
 こたにはロック小僧なので、いつでも反体制的です。もちろん、共産党やれいわが与党になっても批判します。批判とは、評価の裏返しという側面が確かにあって。ベタ褒めって、赤ちゃんに無条件でやさしい言葉をかけるのに似た所あって。それは悪いことじゃないんですが、まあ在学中に随分ひねくれて、卒業後にねじ切れて、みたいなそんな感じです。なので好きな映画監督とかも素直に褒めたくはないのです。

 病院が受け入れを止めるような医療崩壊は始まってるようで、これから緊急事態宣言や東京封鎖がわたしたちに立ちはだかります。その時、自分は正しく動けるだろうか、と自問自答する。情報の有無は生死を左右するけど、東京に住んでて、利用者さんもいるから自分は逃げられない。コロナを日本に蔓延させた政府の責任は重大だけど、もう今はそんな事言ってられないくらいの状況です。
 さいわいなのは、自分が1人暮らしだということ。自分が恋人とかに感染させて死なせることはない。救いですね。介護事業やってるから、連携事業所の看護師さんが陽性で、って今日報告のための電話があったんですよね。これはつまり、ニュースの報道よりも先に、すぐ向こう側から陽性の通知が来るフェーズなわけです。バイオ・ハザードを産んだ国は、現実の感染症に全く対応できずにバイオ・ハザードです。

 フランスの日本料理店で、外壁にコロナと落書きされる嫌がらせがあったそう。これを見たフランス人はSNSで、みんなこの店に行ってあげような!と拡散したんだそう。あったかいじゃない。愛があるじゃないか。安倍政権、頭悪いのは分かりきったことだけど、根本的に愛がないよ。想像力もないよ。ジョン・レノン聴けよ。忌野清志郎聴けよ。

 6月末、東京でコロナが収束に折り返してるか分からないですが、意義のあるイベントにしたいですね。たとえ、無観客だろうが。そういうギタリストにこたにはなりたひ。

日本の情勢

 どうも。ツイッターでは、志村けんの死に触れつつ、フェミニストとしてセクハラのノリは別問題として言及したこたにです。前回記事を更新したら、ブログのアクセス数まとまった数伸びてました。twitterの方は毎日かなりうるさめですが、もしよかったら

こたに・ギタリスト@Schuhei_K

↑もフォローいただければさいわいです。フォロバ率は高いです。

 さて、今日は区から支給されたアルコールポンプとマスクを受け取りに区役所に行ってきました。マスクは中国製で、中国には謝謝の気持ちでいっぱいです。東京は、封鎖(ロックダウン)がいよいよ現実的な話になってきました。永寿総合病院での集団感染は素人的に見ても、医療崩壊です。知り合いに聞いたら、慶應大学病院と同じグループ系列だそうで、慶應での院内感染はそのしわ寄せなんだとか。

 他国の状況として、ニューヨークは酷いようですね。ニューヨークに限らず、イタリア、スペインをはじめ各国はそれぞに大変な様子。ドイツだけは検査数が飛び抜けていて、致死率も低く、医療体制に余裕があるようで、他国の感染者の治療の受け入れも行なっているそうです。スイスでは、検査での陽性率が20%らしく、まだ高いからもっと検査しようと言っているよう。日本は陽性率80%。検査数は抑制する!を主張してた橋下徹は結局、受診したとかなんとか。

 僕は相変わらず、現政権の後手後手対応、ポエム記者会見にはいつもの怒りを覚えます。赤木夫人の提訴に対しても、再調査をしないという安倍、麻生の姿勢(署名を集めるサイトでの再調査を支援する署名数は20万件を達成したそう)。心底クズ野郎だと思います。先週の国会、共産党議員の田村智子さんの質疑の場面で、田村氏は赤木さんの自殺の件に触れ、声を震わせながら何の反省も見られない安倍首相を、安倍の抱える桜を見る会の問題などにも触れつつ

「政治を壊してるんですよ!」

と強く批判。

これは、YouTubeでも確認できる場面ですが、本当に辛い。この本気の田村議員に対して、安倍は時計を指で指し

「時間、時間だよ」と。

田村議員が質疑の場を離れるのを、笑って見ているのだ。田村議員の怒りや悔しさは痛いほど伝わってきます。

 元々社会問題には興味がありましたが、ツイッターでフォローしている人たちの影響で国会での審議にも直接目を向けるようになってまだ半年くらい。そんなわたしが元々応援していたの政党はれいわ新撰組です。障害者議員を国会に送り込んだ山本太郎の手腕、熱意は尊敬に値する。その一方で、共産党の国民視点の対案は非常に素晴らしい。選挙ポスターにもあるようにジェンダー平等も訴えている(これに関しては安倍ちゃんも同意した)。田村議員は、たしか2013年くらいから、インバウンドを増やすなら感染症対策費用も増やすべき、と訴えていた(この事実も少し前に知りました)。この費用削減のため人員を減らしたのはむしろ与党の自民盗。自民盗ではなく共産党(勿論れいわ新撰組でも)が与党だったら、福島原発もコロナ禍もここまで酷くはなっていなかっただろう。

 そして、東京都知事である小池百合子は、志村けんの死を「最後に残した功績」と讃え、特攻隊員であるかのごとく祭り上げた。人の死を利用して人からの信用を得ようとする人、僕は基本的に信用できないですね。こないだまでオリンピックにしがみついてたくせに。日本会議のノリは心底うんざりします。

 死にたくないし、死なないけど、確実なことがない!!現段階では東京封鎖後に、ほどなく医療崩壊が首都圏に広がると予想しています。病床4000の確保とかこないだ言い出した東京都がコロナの感染力に追いつけるとは思わない。1月から、早い人は12月に内部告発し、その破壊力も明らかになっていたもの。SARSを経験していないことと、オリンピック祭り気分であったことが拍車をかけて、高齢者の命(世界的には、10代20代でも亡くなってます)を危険に晒してます。高齢者施設での集団感染も間もなく報道されるんじゃないかと思います。

 さすがのこたにも不安になってきました。この戦いは辛い。自分の身を守れなければ、周囲を危険にさらす。しかし、どうしても介助サービスを必要とする人はいる。一年半、1日も休んでないけど、ここからのプレッシャーはなかなかのものです。心して、日々を過ごしたいと思います。

最後に、コロナで亡くなった全ての方々のご冥福をお祈りします。

赤木さんの死

 文春砲が日本を駆け巡りました。森友問題の概要を説明します。僕も詳しい訳ではありません。まず安倍夫人のアキエちゃんが、校長になる予定だった?森友学園への土地の払い下げが、メディアの報道によって明らかになったことが事の発端です。査定額9億円の土地が8億円も安くなっていて、国会でも追及が。
 文春の記事によると安倍さんが、私や妻が関わっていたら総理を辞めますよ、と発言した所から、文書の改竄が始まったそう。近畿財務局に勤めていた赤木俊夫さんは抵抗したものの上からの圧力に逆らえず、うつになり、真実を書き記した手記を残して首吊り自殺をした。今回文春が明らかにしたのはその手記の内容。この手記、一部写真が掲載されてますが、手が震えているのが伝わってきます。
 この記事は今日、サービス合間の移動の電車内で読みました。赤木夫人が回想される言葉などはとても涙なくしては読めませんでした。一人でぼろぼろ泣いてしまった。最後赤木さんが出勤する昌子さん(仮)を見送る言葉はいつもの「いってらっしゃい」ではなく、「ありがとう」だったそうです。これが、こんなことがまかり通っているのが、いま僕が生きている日本なんだと。ここまで酷いことを知らなかった自分がとても悔しかった。

 赤木さんは、書道が好きだったそう。多趣味だったようで、立派な書斎には沢山の本がずらりと並んでいる写真が記事に寄せられていた。好きなミュージシャンは坂本龍一。きっと正義感の強い方だったろうことが記事からも窺える。
 なぜ、赤木さんのような人が自死しなければならなかったのか。悪い事をしているという自責の念のある方は自殺して、悪いことを部下に背負わせて、自らの手を汚さない主犯格は今ものうのうと「改竄あってはならない」など他人事ように政治家面だけしている。反吐がでる。許せない。僕は、国に対して提訴した昌子さんを応援するし、一刻も早く安倍晋三が総理大臣、及び議員職を辞職するようにこれからも情報を発信していきたいと思う。

 最期に、辛い思いをしながらも、大好きな家族とお別れをしなければならなかった

      赤木俊夫さんのご冥福をこころよりお祈りします。

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自死される直前に残した赤木さんの手記の一部

 

PCR検査数と死者

 検査拡大を訴える医師が、ウヨインフルエンサーのデマ攻撃に合っているという記事。維新の橋本徹はトンチンカンなこと言うてる、とかも紹介されてます。
https://lite-ra.com/2020/03/post-5316.html

もうひとつ紹介したい記事がこちら。https://bunshun.jp/articles/-/36667

こちらの文春砲、エクセルシオールで涙流しながら読みました。

「大好きな〇〇へ ありがとう 苦労ばかりかけてごめんね」

 悪い事をしたという自責の念のある人が死んで、悪い事をしているという自覚のない自民党の政治家はのさばっている。こんなことは断じてゆるされない。

IOCは米国への11億円もの放映権の利権があり、WHOは日本政府から166億円受け取っているので、「オリンピック延期したら?」と言えるのはトランプくらい。先週韓国から戻った知り合いに話を聞いたけれど、自粛と店内(エスカレーターなどにも職員が)での消毒が徹底されていたそう。ドライブスルー検査方式ですでに累計20万という数。日本は、確か1万ちょい。1400万人近くの人口がいる東京での累計検査数はまだ、2800を超えた所。安倍に同調的な維新の橋本徹は、
「どんだけテレビ朝日から文句を言わレようが、『モーニングショー』から文句を言われようが検査数については絶対、絞っていくんだと。この死者数を落とすためにね、検査は拡大しないんだということをバチーンと言わないと」
「不安感を払拭するような検査は、今はやめてくださいって政府ははっきり言わないと」と述べているという事実は、参照先のリンクでもご紹介のとおり。

 考えなしで、声だけはでかい発言をする安倍ちゃんがこのままリーダーやり続けると、感染の拡大と底なしの不景気の二重攻撃で、これからさらに死者が増えるでしょう。「抑え込みに成功している」「オールジャパン(ワンチーム)」など一部のメディアが報じるフェイクニュースに決して惑わされないように、と伝えたい。安倍政権は国民の命を大事にしようとなどとはこれっぽっちも考えていません。
 そんなこたには完全防疫体制で、今週友人のライブに顔出します。政府が手を差し伸べないフリーランスの存在。感染拡大防止と日本経済を支える、この二つをバランスよくこなしたい。
最後に、みなさん。
自殺だけはしないで。
うつを克服したこたにより

伊藤詩織さんの事件を自分視点でまとめてみた

victim blameというカウンターな考え方があるそうで。先に海外の事件について触れますが、こんな事を書くのは、もしも身の周りでセカンドレイピストを見つけたら諫めて欲しいからです。伊藤詩織さんの事件で、彼女へのバッシングが、少なくともツイッター上ではひどい。

写真は今日ツイッター上で流れてきたもの。海外でのレイプ事件、加害容疑者が無罪になることはままあるそうで。そんな状況を受けて、娘を亡くしたとある母親のコメントなどが紹介されていた。

その母親の娘さんが亡くなったきっかけの事件概要はこう。公判で、被害者は加害者の弁護人に当時履いていたレースのTバックをみんなに見えるよう掲げさせられ、そこにある刺繍、リトルデビルの文字を読み上げさせられたそう。被害者にとって裁判が不利になったのは、調べで「下着を引き裂かれた」と事実とは異なる供述(実際は強引に下着を脱がされた)をしてしまっていたからだった。加害者の男性は無罪を勝ち取り、娘さんはその後自殺したんだそう。

レイプ事件の裁判で「下着」の提示を強制され自殺...少女の母が涙の訴え - フロントロウ

伊藤詩織さんの事件をこたに視点で整理。彼女はそもそもお酒に強く、残ったお酒をそのままにトイレに立って、戻ってきてから酩酊状態になった、と主張されています。なので「2人で飲んでて酩酊状態になったら、合意とみなされる」という考え方は論拠に乏しい。薬を盛られた可能性を完全には排除できないからです。あと履いてた下着云々も、海外の事件を考察してみても妥当な根拠とは言えない。

被疑者の山口氏はそもそも妻子持ち。随分と歳の離れた娘さんを自分の宿泊ホテルに連れ込み行為に及んだ。ここまでは立証されている。詩織さんがホテルに交渉し、裁判での使用のみに限定する条件で動画の提供をしてもらっているからだ(勿論これには、一筆と支払いがあったそう。ホテルがレイプ行為を見過ごしたとあれば評判が下がるから)。またタクシーから降りる2人を応対したホテルマンからの陳述書もあり、車内で嘔吐してしまっていたくらい酩酊状態だった詩織さんが確認されている。また伊藤氏は、山口氏が無理矢理にをタクシーから伊藤氏を引っ張り下ろそうとしているカメラの記録映像の確認について、二度目は怖くて友人に頼んだという。ぐったりした伊藤氏を運び出そうとしている山口氏の姿を確認したその友人は戦慄し、吐き気を催したんだそう。

また伊藤詩織さんも出席した、判決で勝訴が確定された翌日の12月19日の海外特派員協会での会見で、山口敬之は控訴することを前提に「(相手の動機は分からないが)彼女は嘘をつく癖があると思う」と述べた。これが山口氏が、裁判に臨むあたって絞り出せた唯一の主張なのかも知れない。

 

女性がレイプに遭ったらそれは二重に悲劇だ。レイプに遭う事自体も悲劇なのに、自分の被害を世に訴えてなお「あいつ、ビッチじゃね?」という視線と闘わなければならない。一体どんな世界だよ。

 

最後に、おまけ程度に気になった出来事を時系列にしました。

 

[伊藤詩織さん強姦事件から判決まで]

2015年4月4日強姦被害に遭う。

2015年6月8日逮捕執行停止命令(警察)

2015年7月犯罪に使用されるという理由でロヒプノールサイレース)錠の色が白から青へ

2016年6月9日『総理』(山口敬之)発売

2016年7月22日東京地検が山口を嫌疑不十分で不起訴

2019年12月18日伊藤詩織さん勝訴

桜を見る会の追求の流れ

桜を見る会の追求のまとめ>

招待者も予算も随分膨れてるよね、と野党が審議していた所に誰かが反社の写真をリーク(ツイッターでは、ぼくスガエモン?という名のアカウントからのリツイートが自分の所に流れてきた。そこには反社とおぼしき人物とスガエモンのばっちりツーショットが)

そこで、桜を見る会、野党追求本部が発足し、追求を開始。反社との繋がりを証明する招待者名簿(保存期間1年未満)はシュレッダーにかけた、との返答。さらには、作業にはあたったのは「障害者職員」とシンゾーが証言(この辺の露骨差別発言がひどい。国会議員にもすでに障害者おるやろがい!)。

では、電子データはというと、シンクラインアント方式なので(つまり本当はバックアップデータは保存されているはずなのだが、なぜか)8週間で削除されている、とのこと。

順序前後はあるだろうが大体こんな感じ。ここまででも随分酷いが、ツイッター上では炎上する出来事がたくさんあった。つるの剛士(招待された)が「(野党に対して)くだらないことに時間を使わないで」と失言をして猛バッシングを喰らっていた。この方将棋ファンなので、まあ残念でした。

それから更に「昭恵の推薦枠があるらしい、私人なのに」とか「シンゾー枠ではマルチ商法やってたジャパンライフの会長も」などなど。ここまででも正直一国民としてはかなりうんざり。みんな怒りを露わにしている。

塩村あやかさんの「何らかの功績がある人を招待しているのに、個人情報だから出せないはおかしい」(そう最初は「ない」ではなく、出せないとか言ってたのだ)は的確な批判でした。

で、追求チームで頭角を表している石垣のりこ氏の「持ち帰る必要はありません!」発言。データのバックアップ方法などを委託した業者と「そのデータの保存期間を8週間とする取り決めをした」との発言をしてしまったために、「その取り決めに関する書類はすでに公開されたものとして、ご提出ください」とツッコミをくらう酒田課長。つまり、データの有無はともかくうっかりテキトーな発言しちゃったので、ちょっと考え直させてというわけ。

まあ、こんな管理能力さえない自民党に、与党として政権を預けたくはありませんよね。

クラプトンと差別主義

エリック・クラプトンが人種差別主義者だっていう話は有名なんですかね。

ボコボコにイジメたことある発言の小山田圭吾同様、アーティストの内的ベクトルと音楽性を、小谷は切り分けて評せるほど器用ではない。クラプトンを軽蔑する。

ところで、ジャズは音楽学的には相当深みがある、1番と言ってもいいくらいだ。一方ロックが好きな僕は、ジョン・レノン忌野清志郎が夢想し、音楽で訴えていたような世界の先を、同じように夢見てしまう。人間的な豊かに溢れたジャンルと言える。

話はまた変わるが、今の日本はアメリカと変わらない。弱者から搾取して強者を優遇。与党は排外主義を煽って支持率を維持しようとする。ヘイトスピーチが行われる度に警察がガーディアンを率先してやってるわけ。マスコミも桜を見る会の追及はほどほどに。終わってんね。あんなヤクザみたいな奴らに10%も消費税納めたくねぇな!事業税も保険料も何か知らんけど結構持っていかれるんですけど。大企業は、特例で免除とかなるらしいのに。はぁ!?バカにしてんのかな。それとも、凄くバカにしてのかな!?

話逸れたけど、イジメに加担したり、差別主義をステージで訴えてみたりする奴の音楽は聞かねぇ。そういう奴らはアーティストとは呼ばない。世界的に売れているだけの、ただの職業ミュージシャンだ。ただし、一緒やってろとは言わない。差別主義なんか卒業してくれ。

明日、自身の立場である白人が最下層になったら止めてくれって思うだろうね。クラプトンが差別主義というのを知り、ショックと言うよりもやもやしたから、書き散らしてみた。

徒然なるままに

最近ツイッターで政治ネタばかり呟いてます。まあ、とりあえず安倍晋三は氏んでくれって感じです。天皇制も要らないかな。あんなの何がそんなに有り難いんだ。ファルージャでの奇形児の出生率がものすごく高いらしい。中国は香港以外でも、ウイグル自治区ムスリムへの処遇があり得ないくらい酷いんだとか。国内でも、入管での長期収容問題が裁判という形で顕在化してきてます。
世界情勢や、国内の問題色々と考えてみるけども、人間っていうのはいやはや。ジョン・レノン忌野清志郎、hide。こたににはあなたたちほどの影響力はない。でも、どうにか自分のできることを見つけるよ。とりあえず、毎日仕事(この一年ほぼ無休)なのでもうちょっとゆっくりギター弾きたいス。明日も大きな災害や、核戦争などが起きませんように。

映画『Green Book』

台風19号を尻目に、僕は自分の部屋で映画を観てました。作品のタイトルは『Green Book』。めっちゃいい映画でしたね。僕はこの単語知らなかったですが、当時の黒人専用(colored)ホテル・モーテルなどが載っている本のことなんですね。初の南部ツアーに出るドンには、黒人専用のトイレ、黒人禁止のレストランなど障壁だらけ。黒人音楽という側面では、ナット・キング・コールが最初に白人の前で歌ったときに、ある集団に袋叩きにされたというエピソードが紹介されてて、興味深かった。

物語の流れや雰囲気を観ていて、最近見た『レインマン』を思い出しました。ロード・ムービーであり、お互いに他者でしかなかった者同士が少しずつ心を通わせるという物語。何とも美しい。

最近のハリウッドはCGばかりで表情がなく、物語と言えば世界の終わりが彼の手にみたいな神話じみたものばかり。でも、グリーン・ブックのような人間くさいハリウッド映画がこたには1番好きです。『暴力は敗北だ。威厳(dignity)こそが勝利を導くんだ』(確かそんな発言だった)といったメッセージもジーンときました。皆さんも是非見てみて下さい。ちなみに、ヴィゴは指輪物語アラゴルン王子の影は全くなく、太ったチンピラみたいなおっさん役でした笑。音楽は、個人的にはHappy talkが印象に残りましたが、ドン・シャーリーの音源もまたゆっくり聴いてみようと思います。

政治家の名言と消費増税反対説

 久々の更新です。最近、やっぱり政治的には超絶フラストレイティッドです。まず、ステーキとか、セクシーとか言うてるやつ、どたまシバいてやりたいんですけど。みなさま、選挙は毎回必ず行こうな。そもそもね、チコちゃんって諸悪の根源だと思うのです(ニーチェ的切り口でいいでしょ笑)。雑学さえ知っていれば「政治には無関心でも良い」というテーゼのお陰で、「1億総ボーッと生きてる」状態で。ありがとうございます!投票率50%以下達成だぜ。

「こんなに危ない消費増税」によると、以前の8%に上がった分は大企業への軽減税優遇分にほぼほぼ補填された、と言える数字なんだそうです。つまり、お金持ちからは取らずに下々から毟る(カイジ的、笑)という結果に。で、10%になって経済効果が期待できるかというと、期待薄です(どなたか増税後にあえて楽器や車を買ったろう、という奇特な方いらっしゃいますでしょうか)。音楽業界なんかも、真っ先に影響出るでしょう。で、消費増税反対のこのマンガによるとどうも財務省には逆らえないんだそうです。異性ネタとか全部握られててリークされるから。

 で、千葉の件。ツイッターなんかを見てても、消費増税の延期を避けたいという政府の狙いが、露見してしまっています。台風の被害を「激甚災害」と認定すると、増税を延期せにゃならんので、政府もゆ〜っくり腰を上げた、という訳。テレビってすでにオワコンですけど、消費増税の是非を問う討論番組なんてまずないですよね笑。軽減税率の説明ばっかり。てか、バカにしてるよね、完全に。

最後は哲学書っぽく迷言集より、引用で。
「今のままではいけないと思います。

だからこそ、日本は今のままではいけないと思っている」 by 進次郎

坂本龍一教授

ツイッターで坂本教授が「これは清志郎も言いたかったことだろうけど、何で日本はこんなに言いたいことが言えない国になったのかということ」って発言している動画が拡散されてたので、調べたら2009の放送らしかった。右翼どものコメントは読むに耐えない稚拙なものだったけど、小谷の恩師、故大里俊晴もまた龍一先生を批判した1人だったのを思い出した。

うろ覚えな部分もありますが、おおよそ大里氏は「あなたは以前は下からの解放を唱えていた(が今はあなた自身が権威になってしまっている)」というような批判をメールかなんかで送ったそうで。そうしたら返事が来たらしく「確かにそういうことを言っていた時もありました」(どのくらいの量の返信が来たのかは詳しくは説明されなかった)という返信内容だったそう。授業中にふとそんな話をされてたのを思いだした。

でなんでで、そんな返事が来たのかというのは、「タコ大全」というキチガイみたいなアルバムで、香山リカ?とか何か凄い面子のアルバムに2人がクレジットされてて、という縁があったから(ちなみに龍一先生はYMO名義での参加です。disk unionで9800円で売られているのを買って、大里教授のゼミの扉を叩いた小谷だったのでした)。

まあ、ちょっと思い出したので書いてみました。そんな大里氏から売ってもらったツジシローのギター(厳密には、親に売り飛ばされたので、同一モデルを買い直した)を、小谷は今もメインギターとして使用しているという流れ。