なみだ

 ストーカーになった僕が書こうとしている本は、恋愛小説だ。それも水村美苗さんの「本格小説」を超えるような作品を書きたいと思っている。けれど、なかなか腰が上がらない。作曲なんかもそうだったけど、稀にすぐに生まれるとき以外は、ライヴやスタジオ練習などの締め切りがないと、書けないことが多かった。しかも書こうとしているのはそれなりのボリュームがあるもので、何となくイメージや構成もできているので、あとは書き始めるだけだ。とりあえず年内というか、三ヶ月後くらいという期限・締め切りを決めたい。

 

さて、昨日は友人と神楽坂の小洒落たレストランのカウンターでうまい牛肉のカルパッチョをいただきながら、茂木健一が語る「人が泣く、涙を流す」理由を友人が教えてくれた。

僕も、事件以前・以後、ともに断続的に泣いた。キレることも多かったが、おおむねよく泣いた。ほんとに泣きたいのは被害者の方だ、と思われるかも知れない。しかし、ストーカー犯罪を犯す者も人の子である。

 

さて、茂木健一は語る。人が泣くのは起こった出来事やある物語に対して、その出来事や内容を決して忘れないために、いつまでも半永久的に脳に記憶させておくために人は「涙を流す」のだと言ったらしい。友人はそれを聞いて、泣いたという。これには感動的な物語や悲劇の両方が含まれるはずだ。

 

僕は、多くのもを失った。まさに自業自得であり、僕のしたことを許せないと感じる多数の人たちには「ざまーみろ」と思われて、全く苦しくないどころか、「自分はまだ許されてはいけない」とさえ感じることもある。ただ、身内に「土下座しにいけ」みたいに言われても、そういう場合には「もう十分罰を受けた」とも思ってしまう。

 

先の日記の記事にも書いたように、かつての音楽仲間から「当時は怒っていた。だけど、いま、小谷にはきらきら輝くような人生を送ってほしいと願っている」と、今後関われないことを前提に叱咤激励の言葉が届いた。そのとき、これでもかというくらい泣いた。涙が止まらなかった。

今日もエクセルシオールでこの記事を書いているが、その時はやはりエクセルシオールで人目を憚らずに鼻水も必死で拭いながら、失ったものへの後悔の念から、そして自分の不甲斐なさ、弱さ、至らなさを呪って泣いた。何度もそのメールを読み返し、そして涙は溢れた。この気持ちを決して忘れてはいけない、もう二度とこのような過ちを繰り返してはいけない、僕の脳がそう涙腺に命じたようだ。

 

代償は大きかったが、得られたものもあった。それは、本当に大切にすべき友情、仲間たちであった。彼らを今度失望させるようなことがあったら、今度こそほんとうに

 

小谷周平なんかに生きる価値はない。

 

でも、それでも人は生きなければならない。涙を拭いながらでも、開かれた眼前の道を進むために、前へと進まなければ。時間は、好むと好まざるとに関わらず、無情にも人生における重要な決断を迫ってくる。仲間たちの期待を裏切らないためにも、強く生きていくことを心に決めた。だからそろそろ上を向いて、笑って、スキップをするような感じで、軽やかに自分だけのマイウェイを歩んで行こう。