書き始めた小説と出所後の色々

 現在治験に参加中。

8時に投薬が終了して、15分おきの採血が13:30まで続く。朝食はないので空腹だ。

二泊三日日程が二回なので初回は明日退院と非常に楽だ。

 

出所後の色々とタイトルにしたが、まず父と初めて会食した際に弁護料が130万円だったと知らされたことなどから。留置所などの拘留されていたときに聞いた相場の倍くらいだし、保釈も通らず、執行猶予を取れた訳でもないのにこの金額をふっかけられたのは一体どういう訳か。弁護士には、刑務所から近況を伝える手紙を出したら当たり障りのない返事が来たが、その後警察による証拠品の扱い(PCや携帯に保存された判決前の無断処分)について相談の手紙を出したときには返事はなかった。

 鉛筆一本、CD一枚の返還に関しても、警察は還付書という書類への署名で確認を取るのに、証拠品の内容がデータとなるとその扱いも非常にお粗末だ。これには今尚、納得がいっていない。「事件に使われたものだから」「どれが関係データがいちいち見ていられないから」というのは説明にすらなっていない。半年も接続していなかったHDも全部初期化。ドイツ留学時に撮りためた多くの写真やライヴの動画などは僕の著作物だ。

 刑務所にいるときに官本(⇄私本と区別)で、六法全書で調べたところ、証拠品の没収の判決が出た際には、データを含めて関係物品・データを没収されることがあるらしい。しかし、僕の場合は判決前で正式な書面通知も一切なし。もちろんその場でも抵抗しようとした。またあるいは、ストーカー規制法の最後の条項には「摘要上の注意」という項があり、そこにはおおよそ「相手がストーカー行為者だからと言って、警察が何でも行える訳ではない」ことが明記されている。

 刑務所で篤志面接官面接制度を利用して、司法書士の方に面接相談したところ、「民事訴訟」か「公安に苦情の申し出」をする二つの可能性を示してくれたので、根に持つ小谷は後者の選択は実行を検討中である。民事訴訟については有利な点が無さ過ぎ。

 

 そんな国家権力に対する不満は漫然とあるが、最近は作家デビューを目指して?小説を執筆中である。もちろん、本命は音楽、つまりミュージシャンになることなので、来年の誕生日ライヴでは復活を宣言できるようしっかり準備を進めるつもりだ。ただ文章を書くことは好きだし、印税という響きも魅力的というのもある。何よりピース又吉の『火花』を読んだとき、これ大衆小説じゃん、しかもこんなレヴェルでも賞取れるの?という率直な感想があった。最後に少しどんな文章を書いているかを転載・紹介します。売れるといいな。ストーカーになって世間を騒がせた小谷が書いているのは「恋愛小説」。さあ結末やいかに。ちなみに最近の小谷には大切な人ができた。その人に、校正というか誤字脱字のチェックを頼んでいて、編集担当さんという心強い存在でもある。

 

 雑感。ライヴに行くのも気を遣う。友人のライヴに行こうとして「〇〇ちゃん来るかも知れんのでまた連絡します」とか。つまり、事件のこともあるから被害者側の友人などとは顔を合わせない方がいいというのだ。もちろん、これは当然だ。僕は家族と切れたこともあるし、私有財産(高価なギター他)もほとんど全て失ったからもう十分だと考えている感が、自分の中には確かにあった。しかし、「ああそうか、当時にはなかった僕が気軽に出入りしちゃいけない場所が、今はあるんだ」、「だから本当はもっと気を遣わなきゃいけないんだ」と感じた。「寿」「喪」、その他色々な行事にお呼ばれにならないこともあるかも知れないけど、今の僕は何故だかそれほどヘコまなくなった。すぐにしゃーないか、諦められるのだ。これを即ちに、強くなったからなどと結論づけるつもりはないけれど、これしきのことで「うつ」ぶり返していちゃあ、作家デビューもミュージシャンデビューもままならない。元来「never too late」「forever youth」の精神の持ち主なので、むしろ以前よりもポジティヴ感増してる最近の小谷は、本来の良さがほんのり加味されているだけ。それだけだと思う。言いたいやつには言わせておくことにします。結果を出せたもん勝ちだろう。

 

 では最後に、どんな文章書いているかだけ紹介します。なかなかのんびり屋さんなので、ブログの更新もやっとの思いだが、ようやく8000字くらいかけた小説の一部を抜粋します。

 

 

「ここに僕が文章を記しているのは、記録として自分の当時の気持ちを綴っておきたいとか、あるいは自分の身に起こった出来事、いや事件のことを美化したいからとか、そんな動機からではない。僕の人生は刑務所に来たことで劇的に変わった。僕がここで記しておきたいのは、刑務所に行くと、その受刑者の人生がどう変わり、その後具体的にどうなっていくのか、その事への関心だけだ。ここまで読んでつまらないと思われたなら、僕の刑務所生活や出所後の生活のところまで読んでも同じことだろう。

もしも、恋愛が物語と同義で、恋愛を感じさせないものが物語ではないのだとしたら、例えば男二人が最初から最後まで「あー、セックスしてー」というような他愛もない話を永遠にだべっているような作品などは物語ではないことになる。けれど、今はそんな日常を描いたような作品が注目され映画化されたりする。消費されているのが物語から別の何かへ代わって、あるいは変わってしまったのだろうか。

確かに、(男が)「世界を救う」というような物語は、最近は現実離れしたものが多いような気がするし、我々はすでに食べ飽きた。だからこそ最近のヒーローものには、英雄らしいヒーローも登場しないのかもしれない。僕はここに、自分の恋愛物語を記すつもりでもなければ、それこそ大それた自伝を大成しようなどと目論んでもいない。大きな物語の後にやって来るのは、小さな小さな個人レヴェルのどうでもいいささやかな日常の物語。

人には、これが人生のターニングポイントだと言われるような時点が確かに存在する。僕にとってそれがどの時点であったかを問われたなら、間違いなくこの刑務所に来た日は人生の大きなターニングポイントの一つに数えるだろう。僕は、少なくともこの気持ちを忘れない為に、とりあえずはそのためだけに、今この場所で自分の感じたことをここに記したいと思う。

 

黒羽刑務所。刑務所は最近は矯正施設と呼ばれている。監獄法の廃止に伴って矯正施設法が制定されたときに、そのように呼称されるようにもなった、と後に人から聞いた。黒羽刑務所に到着した我々はまず、職員から渡された施設で着用することになっている衣類や座布団などを受け取る。

その居室着と呼ばれている、舎房で日常的に着用するいわゆる部屋着に着替える前に、我々は身体検査を受けた。拘置所からの移送では数ヶ月ぶりに認められた私服。その私服を脱ぎ、まずは職員らの前で全裸を晒す。その目的は不審物持ち込みの取り締まりが主だが、他にもアトピーやその他の疾患を確認するということもあるようだ。職員の指示に従い、両手もしっかりと広げて見せ、裏返しにして手の甲が確認される。次は足の裏を見せる。

手足の確認のあとは性器の確認だ。これは厳密には陰茎の手術の有無を確かめる目的がある。具体的に言うと、女の子を喜ばせるために陰茎に球を埋め込む手術をしているかどうかを確認したいのだ。これを職員は

「タマ入れはしてないね?」

という風に訊ねてくるのだ。

タマ入れの確認を終えた後は、映画などで見たことがあるかも知れないが、お尻を自分の手でしっかり開いて肛門が確認される。

留置所で、人生で初めてこの肛門チェックを受けた時は一瞬のことではあるにせよ流石に当惑し屈辱も覚えた。アダルトコンテンツで、セクシー女優が恥ずかしいそうに自分の女性器を広げて見せるときもこんな気持ちになるのだろうか。いやきっと違うだろう。何とも言えない気分を、このときも少し感じながら、そんなどうでもいいことを考えながらやり過ごす。検査は一瞬だし、終わればそれと共に屈辱感も消える。

 

 刑務所に来て最初に受ける身体検査は、拘置所に最初に入って最後に出るときと同じように、特に下半身は入念にチェックされた。以後も、毎日二回検身と呼ばれる身体検査を工場で受けることになるが、それはもっと簡易なものだった。」

 

 

とまあ、こんな感じの書き出しです。主人公も別の名前にするし、私小説風に仕上げる予定。これだけの文章でも結構時間がかかる。作家さんて凄いんですね。期待せずに見守ってもらえたらありがたいです。