伊藤詩織さんの控訴審裁判傍聴記

 2021年、9月21日。本日私は伊藤詩織さん(被控訴人)と山口敬之氏(控訴人)の控訴審を傍聴するために東京裁判所へ足を運びました。私は午前10時過ぎに東京裁判所に到着し、傍聴券の抽選の列に並んだ。そこでは顔を見知っている有名なジャーナリストの顔もあればツイッター上で知り合ったユーザーさんの顔もあった。私に声をかけてくれた人は残念ながら外れていたが、私は偶然にも傍聴券が当たり傍聴を許された。本日11時から予定されていたのは伊藤氏と山口氏による意見陳述で、この両者の陳述内容を書面に添付することを判事は両人に確認し、意見陳述後に裁判はそのまま結審となった。判決の言い渡しは来年2022年、1月25日。
 私は音声記録なども行っていないので、今日傍聴した本控訴審の内容を忘れないように記録したい。記載内容については誤りがないように努めるが、記憶に頼る部分もあるのであくまでも裁判の様子がどのようなものであったかが伝わるように記したいと思う。また裁判の手続き上の話については当然法律の専門家ほど詳しくはないので、私がはっきりしない表現を用いている箇所などは、興味があればぜひ各々調べていただけたら助かります。

 裁判上の手続きとしては、山口氏側からはいくつかの資料の提出があったようである。判事が確認を行っていた。一方で、伊藤氏側からも(聞き間違いがなければ)補充意見書の提出があったようでこれも確認が行われた。ここで確認と表現しているのは判事が両人に「〇〇を提出されるということでよいでしょうか?」というだけの確認で、中身の確認のことではない。また「個別の公表」を一覧表にしました、と言う判事。この内容に異論がないことも両人に確認していた。これはおそらく伊藤詩織氏の著書『Black Box』において、山口敬之氏の実名表記の箇所や、彼が行った行為についての個別の記載をまとめた一覧表のことだろうと思われる。この記載箇所が名誉棄損又はプライバシー権利の侵害に当たるかどうかも本控訴審の重大な争点であるため、この箇所を確認することは審理の核心の部分ともいえる。

 裁判の手続き上の話はこれくらいしかなかった。口頭弁論が始まる前にメディアが入っておそらく伊藤詩織さん側を撮影したのだと思われるが、このとき私は緊張していたこともあってトイレにいたので、どのように法廷の様子が撮影されたのかは知らない。控訴審では、あとは専ら弁論に時間が割かれ、意見陳述にかけた時間は伊藤氏のそれよりも山口氏の方が長かった。山口氏の意見陳述ははっきり申し上げて無駄に長かった。ここからはその意見陳述の内容とその時の二人の様子を記述していきたい。


 意見陳述は伊藤詩織氏、山口氏の順番で行われた。伊藤氏は自分の席で起立をして意見陳述を始めた。その内容はおよそ、自分がこの長い戦いのために20代の貴重な時間、6年という歳月を失ったこと、また山口氏から裁判手続き上の資料や書面の提出がある度にその内容が自分にとって加害のように感じられたことなどが語られた。また、伊藤詩織さんに対して、侮辱的な書き方を行い戒告処分を受けた北口弁護士にも言及があった。そこではやはり自分のことが「うそつき」呼ばわりされていたと。

 他にも当時住んでいたマンションも私の収入では支払えないようなものであるから、オーナーと私が親しい関係であったなどとの主張がなされたが、実際にはマンションを改装してシェアハウスとして利用されていた所に住んでいたのであって、私には支払いができる物件であったこと。被害者のステレオタイプから遠く、真の被害者ではないなどと言われ、そして被害者はそのように笑わないなどとも言われ、二次加害を受けたこと。シャワーを浴びずに退室したことにおいても、相手の男性が先に利用してたシャワーの利用を女性が躊躇うのは感覚的にそれほどおかしいことではないなどの反論があったこと。退室後の髪型が簡単に作れるものではないから、同意がなかったことの証明にはならないなどの主張もあったことなど。それらの新たな主張書面が提出される度に私にはそれらが二次加害を受けているように感じられた。(他にも述べられていた内容はあったが、私が自分でとったメモとその記憶から掘り起こせた意見陳述の内容は大体以上になります。意見陳述についてはまた他の媒体から全文が公表されるのではないかと思うので、公表された時点で加筆・修正を行い全文のリンク(※)をここにも貼りたいと思う。2021/09/21)

 以上のような内容を伊藤氏は述べられた。陳述の冒頭部では声を詰まらせ泣いていることが窺える場面もあった。意見陳述がどのようにまとめられたのか、ちょっとすでに本日のできごとでありながら記憶がおぼろげとなってきているが、伊藤詩織さんが最後に「このように丁寧に審理していただき、本当にありがとうございます」と判事らに深々と頭を下げていたのはとても印象的だった。

 

 伊藤氏の意見陳述に続いて、山口氏も自分の意見を述べた。公平性を期すためにはここも詳述しなければならないのだが、今日は朝も早く今はもう午後の22時で私も疲れてきたのでここらで記事のまとめにしようと思います。山口氏の意見陳述は確かに伊藤氏のものより長かった。それは居酒屋のトイレタンクが無かった事から始まって、膝の脱臼の話に至るまでおおよそ伊藤さんは嘘をついているという事だけを吐き捨てた内容だったと思う。裁判の過程で大事なのはその主張内容をきちんと立証することであるはずなのに、彼の意見陳述は個人的な決めつけでしかなく、さらには相手を罵倒しているとも取れるような内容であると感じた。また私などは性暴力の被害者を「うそつき呼ばわり」することは典型的なセカンドレイプであると認識しているし、社会でもそういった特に女性に対して多い二次加害への理解が広まることを期待している。そして、そのように考えるからこそ意見陳述を振り返って以下のように思う。山口氏は、新たに新書面が提出される度にそれが自分にとっての加害であるように感じたと意見を述べた伊藤氏に対して、更に過剰に二次加害を加えたのだと。

 

 あまり、伊藤氏に寄りすぎても信憑性の低い記事になってしまうだろうか。私はそうは思わない。裁判をやりますということに控訴人、被控訴人お互いに合意がある(つまり和解による解決はしないという意思がある)以上、これは必要な経費を投じ十分な準備期間に最善を尽くして勝訴を勝ちとるための戦いと考えることができる。もちろん手札には強いカード(証拠など)も欲しい。裁判がある種のそういったゲームであると捉えた時に、山口氏の言動は果たして裁判で有利に働くだろうか? 彼は、伊藤氏に対して他にも「居酒屋で裸足で歩き回っていた」、「あなたは悪酔いしただけのただの酔っ払いだった」のような発言も行っていた。だから、これらの話が一体何だというのだろう。これはだから同意がありましたよ、と証明に繋がるような話を一切しておらず、むしろ相手を罵っているようにも感じられる。勿論山口氏は、伊藤氏の記憶のない部分の話を自分は覚えているとアピールすることで、裁判官に自分の発言の信憑性の高さを訴えているのだろう。

 意見陳述で山口氏が強調していたワードが二つある。それは「なぜ!~?」と「ありもしない~」だった。彼はこの二つの表現を大きな声で強調しながら、伊藤氏に対するうそつき呼ばわりをさらに続け、だから結果として「自分は社会的に殺された」と述べた。つまり、自分こそが被害者なのだと。しかし、裁判を傍聴していた私は個人的に思った。行為がお互いにあった事を認めた上で、女性が性暴力の被害を訴えている裁判において「相手をうそつき呼ばわりすることしかできない」被告というのが勝てるわけないだろうと。少なくとも「合意があったのだろう」と第三者が受け取れるような客観的証拠、または証言などの提出ができないのでは裁判を勝つのは相当厳しいと個人的には思う。

 証言というのはたとえば、あの夜女性はこういう発言をしていたなどの自分の記憶を自白するのでも良いと思う。その言動を受けて私は同意があるのだと認識したなど主張すればよい。しかし、山口氏が一審で証言したのは伊藤氏の「どうして私はここにいるのですか?」という発言だった。これを自白しておいて、控訴審で新しい証拠も特に提出できず、最後の口頭弁論においても相手をうそつき呼ばわりすることしかできないのであれば、その一連の流れや山口氏の今回の言動は原審を引き継いで審理を行っている裁判官にとって果たしてのように映ったのだろうかということだ。そこも非常に重要だと思う。もちろん彼の主張の変遷などによる発言の信憑性の低さなどもあるが。

 山口氏は他にも意見陳述で「自分はドキュメンタリー制作で監督を任されたのは17年目だった」というようなことも言っていた。だから伊藤氏の注目され方などが売名行為的であるという事を言いたいような発言だった。これもはっきり言って同意の証明とは無縁で、むしろ山口氏にあまり才能がなかったのではという感想すら抱かせる。山口氏の嘘つき呼ばわりラッシュのメモをとっていた私の手は、ある時点で止まった。それまで最後尾の私の傍聴席からは見えなかった伊藤詩織さんの顔が初めて見えたからだ。

 伊藤氏の視線は相手の鋭い眼光を見据えるものであった。山口氏もまた姿勢を屈めて体を伊藤氏の方へ向けている。彼の様子はその語気の強さからも、彼女を睨みつけているのだろうと私に想像させる。しかし、視線までは後ろ姿からはっきり確認できない。伊藤氏もまたはっきりと身を乗り出しているのが見える。彼女の頬が赤くなっているのもマスクの上からでも見て取れる。この6年を超える長い年月の苦しい闘いをしてきた相手は最終盤においてもなお「お前はうそつきだ」の一言を繰り返すような反撃しかしてこないのだから、その悔しさなどは私が想像できるようなものでは到底ないだろう。私の胸が潰れそうになったのは、意見陳述の冒頭部で伊藤詩織さんが声を詰まらせながらも陳述書を読み上げようとしている場面と、この両者の視線がお互いを捉えて決して離さない場面だった。ただし、である。伊藤詩織さんの方が山口氏の方を強く睨み返していたとは私には結論付けられない。そこには本当に複雑で、辛い、悔しいなどの色々な感情があると思うからだ。この時の様子は、法廷画家によって裁判の様子を絵で伝えるための象徴的な場面として選ばれたようだった。さきほどネットニュースの報道で確認した。


 最後に、伊藤詩織さんが述べた言葉を、その結びの部分をそのまま引用したい。

「事件直後、被害届を出そうとした私に対し、捜査員が「君の人生が水の泡になるからやめなさい」と言いました。どんな事件でも「被害者に沈黙させる方が、被害者のために良いのだ」とされる社会の仕組みの下では、これからも誰かを長期間苦しめてしまうでしょう。被害者が司法できちんと守られること、そしてこれ以上「真の被害者」という勝手なステレオタイプによって、誰かが貶められるような出来事が起きないよう願ってます」 (※)

 第一回目の口頭弁論における意見陳述をもって本件は結審した。控訴審の判決が言い渡されるのは令和4年、1月25日。伊藤氏は一審からの主張に変更も変遷も一切なく、その内容は一貫している。さて、一審から控訴審に至るまでの本件において、嘘をついているのはあなたは誰だと思いますか?

 

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※【追記】2021/09/23

 佐藤慧氏による伊藤詩織氏の意見陳述の全文がアップされていましたので、そのリンクをここに張らせていただきます。私が記憶を頼りに書いた伊藤氏の意見陳述の概要は、実際の陳述内容とは異なる部分があるものの、ニュアンスが大きく違うということはないと思いましたので、上記の私の記事は内容をそのままに留めようと思います。ただ是非、伊藤詩織氏の言葉によるその強い想い、願いをこちらから確認していただけたらと思います。

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